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Furusapoニューヨーク駐在員ニュースvol.8

アメリカと日本の医療システムの比較と課題

世界トップクラスの医療機関が集まり、新薬や最先端治療の研究が盛んなアメリカ。しかしその反面、個人破産の原因の約7割が医療費に関連しているとも言われるほど、医療費が高額であることでも知られている。アメリカの医療制度の改善を目指す非営利財団、Commonwealth Fundが発表した2021年の報告書によると、アメリカの医療パフォーマンスランキングは11か国中最下位だった。これは11か国の高所得国の医療制度について、医療の質、アクセスのしやすさ、効率性、健康結果を比較しランキングしたものである。アメリカは、上位にランクインしたノルウェー、オランダ、オーストラリアと比較し、国内総生産(GDP)に占める医療費がはるかに高額であるにもかかわらず、アクセスや公平性に問題があるとされている。今回は、実際にアメリカで医療サービスを受けた経験をもとに、日本との保険制度や医療の受け方の違い、効率化されたシステムなどについて考察し、両国の医療の特徴を比較してみたい。

まず、アメリカと日本の医療システムにおいて大きく違う点は、医療保険制度の仕組みだ。日本は国民皆保険制度を採用しており、全国民が医療費の70~90%を保険でカバーされる。一方でアメリカの保険制度は民間保険に依存しており、会社員であれば多くの場合、雇用主を通じて民間保険に加入する。ただし加入義務はなく、保険に加入していない無保険者も一定数存在しており、その数は最新の2022年のデータによると8.4%(2700万人相当)とされる。保険の種類も様々で、雇用主がどの保険に加入しているかによって、カバーされる治療の範囲や自己負担額が大きく異なる。アメリカのテレビドラマで、「うちの会社は保険が充実しているから辞められない」と言っている場面を目にしたことがあるが、会社の福利厚生の1つとして医療保険が位置づけられているようだ。このような無保険者の問題や、加入する保険によっては自己負担額が高額になる問題から、医療アクセスに大きな格差が生じている。

病院選びに役立つ口コミサイトが充実

日本の場合、健康保険証を提示すればほとんどの医療機関で保険適用の診療を受けられるため、体調が悪い時には特定の病院を選ぶことなく、まずは近くの病院に行くという選択がしやすい。
一方アメリカでは、自身が加入している保険会社のネットワークに加入している医療機関・医師(同じ病院に勤めている医師であっても、医師によってネットワークが異なる場合がある)でないと、保険が適用されない。そのため、「Zocdoc」や「Healthgrades」などの医療機関を選ぶためのWebサイトが充実している。住んでいるエリア、診察を希望する科(または症状)、加入する保険会社名およびプラン名を入力すると、自身の保険のネットワークに加入する医師が検索でき、患者からの口コミや評価を閲覧することができる。日本でも医療機関の口コミサイトは存在するが、大抵の場合は医療機関単位の口コミだ。医師が個別に評価され、患者が医師を選択できる仕組みは、成果主義のアメリカならではのシステムだろう。患者の声を反映した医師選びが、医療の品質向上と無駄な診療の削減につながり、医療資源の効率化に貢献しているに違いない。

完全予約制と分業制による効率化

日本の病院は診察までの待ち時間が長い傾向があるが、その一因として診察の事前予約ができないことが挙げられる。一方でアメリカの病院は完全予約制のため、予約時間に来院するとほとんど待ち時間がなくスムーズに診察を受けることができ、その点においてストレスを感じたことはない。逆に言うと予約をしていない場合は受け入れてくれないため、すぐに診てもらいたい場合は不便に感じることもある。緊急の場合は緊急救命室(ER:Emergency Room)や緊急ケアクリニック(Urgent Care Clinic)など、24時間予約なしで受け入れてくれる機関もある。また、アメリカでは医療において高度な分業制が特徴的であり、病院の各部門は診察、治療、会計、検査など、役割ごとに完全に分けられている。例えば、血液検査は採血技師が行い、その他の検査は放射線技師や臨床検査技師等が実施し、医師は診察に専念する。ナースや医療アシスタントが、医師と患者との間で密に連携し、日常的な患者のケアを担当する。患者は多くの場合、ナースや医療アシスタントとメールやチャットで簡単に連絡を取ることができ、薬や治療に関する質問をしやすい環境が整っている。来院予約は専門の部署で管理し、煩雑な保険の処理や支払については会計専門部署が行う、という形で驚くほど分業制が整っており効率化されているため、病院で医師に会える時間が極端に少ない印象だ。この分業制の背景には、アメリカにおける医療訴訟のリスクの高さがある。専門性を追及した分業制が、このような医療訴訟のリスク管理の一環として機能しているのだろう。

患者ファーストな治療方針

今回、日本とアメリカの医療の違いを比較するにあたって、アメリカで出産を経験した友人に話を聞いた。日本だと産後5~6日入院するところ、アメリカは2日で退院させられるという話を聞いたことがあるが、出産の体験談を聞いて入院期間の短さに納得した。アメリカでは麻酔を使って出産の痛みを和らげる無痛分娩が一般的であり、自然分娩と比較して出産後の回復が早い。一方日本では、自然分娩が一般的であり、無痛分娩の割合は10%未満に留まる。アメリカの産院はオープンシステムと呼ばれる方法を採用しており、一般的な産科検診は個々の医師のオフィスで行うが、出産は熟練の産科医や麻酔科医が常駐する大きな病院で行われる。出産時には普段検診している医師やナースが、提携する大きな病院に出張し出産をサポートするという体制だ。これにより、日本のように麻酔科医不足などの問題が発生することなく、多くの妊婦が無痛分娩にて出産が可能だ。日本とアメリカ両方の病院で出産を経験した友人によると、完全予約制のため普段の検診時に待ち時間がなくストレスフリーである点、また日本では「出産の痛みに耐えるのが母親の美徳」という考えがある一方で、アメリカは最大限医療の力を借りて痛みを軽減する点から、アメリカの医療の方が患者ファーストだと感じたという。

アメリカにおける医療サービスの課題

移住前はアメリカの医療サービスに対して大きな不安を抱いていたが、実際にこちらで利用してみると、そのスピード感と効率性に非常に驚かされた。病院の予約システムや分業制によって、待たされるストレスを感じることなくスピーディーに最先端の治療を受けられることにも大変満足している。また、いつでも医師やナースと連絡をとることができ、日常的なサポートをしてもらえることも安心感を与えてくれた。一方で、サステナブルな医療サービスという視点から見ると、高額な医療費、保険制度の煩雑さ、無保険者の多さなど、医療アクセスの不平等さが深刻な課題となっている。こうした課題を克服し、誰一人取り残さない医療アクセスの実現を目指すことが、今後の重要な課題であると感じた。


文:山口友妃慧(Furusapo:ふるサポ ニューヨーク駐在員)
参考:World Health Organization (WHO)(https://www.who.int/)、Mirror, Mirror 2021: Reflecting Poorly | Commonwealth Fund(https://www.commonwealthfund.org/publications/fund-reports/2021/aug/mirror-mirror-2021-reflecting-poorly)、Zocdoc(https://book.zocdoc.com/get-started?utm_source=bing&utm_medium=cpc_generic&utm_campaign=401181319&utm_term=doctor_p&utm_content=1232552749768103&msclkid=caa1f021898c148865a696ca2d9c6ce8)、Healthgrades | Find a Doctor – Doctor Reviews – Online Doctor Appointments(https://www.healthgrades.com/)