アメリカにおけるグリーンウォッシュとEU規制への対応
近年、環境問題への関心が高まる中、多くの企業がサステナビリティを訴求するマーケティングを展開している。しかし、その中には実際の環境負荷を低く見せかけたり、誇張したりする「グリーンウォッシュ」と呼ばれる手法も含まれており、消費者の誤認を招くケースが増えている。特にアメリカでは、連邦取引委員会(FTC)がグリーンガイドを策定し、虚偽の環境広告に対する取り締まりを強化している。一方、EUでは近年、グリーンウォッシュを厳格に規制する法整備が進んでおり、企業はより透明性の高い環境情報の開示を求められている。今回のレポートでは、アメリカにおけるグリーンウォッシュの現状と規制、さらにEUの新たな規制がアメリカ企業に与える影響について詳しく考察し、企業がどのように対応すべきかを探りたい。
グリーンウォッシュとは
グリーンウォッシュとは、企業が自社の製品やサービスを環境に優しいと誇張・誤解させるマーケティング手法を指す。例えば、実際にはリサイクルが困難な製品を「リサイクル可能」と宣伝したり、カーボンオフセット(排出した温室効果ガスを、再生可能エネルギーへの投資や森林保護活動を行うことで「埋め合わせる」という考え方)を利用して「カーボンニュートラル」を謳うものの、実際の排出削減に貢献していないケースがある。このような誇張や不正確な主張は、消費者に誤解を与えるだけでなく、環境対策に真剣に取り組む企業の信頼を損なう要因となる。アメリカでは、環境意識の高まりとともに、企業のグリーンウォッシュに対する批判も強まっている。消費者団体や規制当局は、企業の環境主張が実態と合致しているかを厳しく監視し、法的措置を取る動きも見られる。一方で、企業側は持続可能性への取り組みをアピールしつつも、規制や訴訟リスクを回避するため、マーケティング表現を慎重に調整する必要に迫られている。グリーンウォッシュ問題は、企業と消費者の双方にとって、環境意識の向上とともに重要な課題となっている。
アメリカにおけるグリーンウォッシュの実例
アメリカでは、近年グリーンウォッシュに関する訴訟や行政処分が増加している。企業が環境配慮を謳う際に、その主張が根拠に乏しい場合、消費者や規制当局からの指摘を受けることがある。以下に代表的な事例を紹介する。
◆キューリグのリサイクル問題
使い捨てのカプセル式コーヒーポッドと専用のコーヒーマシンの製造・販売で広く知られるキューリグは、コーヒーポッドの「リサイクル可能」表示を巡り、誤解を招く広告として訴訟を受けた。実際には、多くの自治体ではコーヒーポッドのリサイクルが困難であり、環境負荷の高い製品と批判された。最終的に同社は1,000万ドルの和解金を支払うこととなった。
◆ウォルマートの竹繊維製品誤表示
スーパーマーケットやオンラインショップを展開する世界最大の小売企業であるウォルマートは、竹を原料とした繊維「バンブーレーヨン」を使用した製品について「環境に優しい」と宣伝していたが、実際には化学的に加工されたレーヨン製であった。この誤解を招く表示に対し、FTC(連邦取引委員会)は300万ドルの制裁金を課した。
◆コカ・コーラのカーボンニュートラル主張
飲料大手コカ・コーラは、サステナビリティ戦略の一環としてカーボンニュートラルを掲げていたが、実際にはカーボンオフセットに依存し、自社の排出量削減は進んでいないのではないかと、その実態に疑問が呈された。消費者保護団体は、同社の主張が不十分な根拠に基づいているとして訴訟を提起し、法廷で争われることとなった。
アメリカにおけるグリーンウォッシュ規制
アメリカでは、グリーンウォッシュを直接規制する単一の法律は存在しないが、FTC(連邦取引委員会)の「グリーンガイド」や州レベルの規制が、企業の環境主張を監視・制限している。
◆FTCのグリーンガイド
FTCは「グリーンガイド」を策定し、企業が環境に関する広告を行う際の指針を示している。2012年改訂版では、「リサイクル可能」「生分解性」「持続可能」などの用語の適正使用について詳細に規定されている。例えば、「リサイクル可能」と表示する場合、アメリカ国内の60%以上の自治体で実際にリサイクルできることを証明する必要がある。
◆州ごとの規制
FTCのガイドラインを基に独自の環境広告規制を導入している州もあり、企業は地域ごとの法規制に対応する必要がある。カリフォルニア州では、環境広告に関する規制が全米で最も厳格であり、「環境マーケティング主張法(EMCA)」により、誤解を招く環境表示が禁止されている。企業が「エコフレンドリー」や「生分解性」といった表現を使うには、科学的根拠を示すことが義務付けられている。またニューヨーク州も環境広告の規制を強化しており、企業は「持続可能」「カーボンニュートラル」といった表現の使用にあたり、明確な証拠や第三者認証が必要とされる。さらに、プラスチック包装削減法により、「エコ」と表示するプラスチック製品には州のリサイクル基準を満たすことが義務付けられた。
このように、アメリカではFTCの監督や州レベルの法規制により、グリーンウォッシュを防止する枠組みが整備されつつある。しかし、EUのように包括的な禁止令がないため、規制の統一性には課題が残る。
EUにおける規制強化による、アメリカ企業の対応と影響
EUは、2024年にグリーンウォッシュを厳しく取り締まる「グリーンウォッシュ禁止令」を導入し、企業の環境主張に関する厳格な基準を設けた。これにより、「環境に優しい」「エコフレンドリー」など証拠に裏付けされていない漠然とした表現を禁止し、「カーボンニュートラル」などの表現も証拠開示無しに使用することが禁止され、違反企業には年間売上高の4%に相当する制裁金が科される可能性がある。また、デジタルプロダクトパスポート(DPP)制度の導入が進められており、今後、製品ごとに環境負荷データの開示が段階的に義務付けられる。特に、電池は2027年からDPPへの準拠が義務化され、電子機器やファッション製品についても2027年から2030年にかけて適用が進む見込みである。
EUのグリーンウォッシュ規制強化に伴い、アメリカ企業はマーケティング戦略や事業運営の見直しを進めている。特に影響を受けるのはファッション業界、テクノロジー業界、製造業(自動車・消費財)であり、それぞれ環境情報の透明性向上やサプライチェーン管理の強化が求められている。
◆ファッション業界の対応
ファッション業界では、EUの環境規制強化に対応するため、サプライチェーンの透明化と環境マーケティングの見直しが進んでいる。スポーツ用品メーカーのナイキは「Move to Zero」戦略のもと、QRコードを活用し、リサイクル素材の割合やCO₂排出量などの環境データを開示。またファストファッションブランドのH&Mも、「Higg Index」という評価ツールを用いて製品ごとの水使用量やリサイクル素材の割合を透明化している。両社はまた、EUのDPP制度導入に備え、ブロックチェーン技術を活用したトレーサビリティ強化を進めており、消費者が製品の原材料や製造工程を確認できる仕組みを構築中だ。
◆テクノロジー業界の対応
電子機器メーカーは、DPP制度に適応するため、製品の修理可能性やリサイクル対応の強化を進めている。iPhoneやMac製品で知られるAppleは、「セルフサービス修理プログラム」を導入し、消費者が自ら部品交換できる体制を整備。大手PCメーカーのDellやHPは、長寿命設計やリサイクル容易なPCの開発を進め、EU市場の要件を満たす製品を展開している。また、GoogleやMicrosoftなどのIT企業はデータセンターのカーボンニュートラル化を加速。再生可能エネルギーへの移行を進め、気候変動対策の透明性を向上させている。
◆製造業(自動車・消費財)の対応
EV(電気自動車)市場では、デジタルバッテリーパスポートの導入が求められ、テスラやフォードなどのメーカーは、バッテリー原料の調達情報やリサイクル対応を強化。特にテスラは、サプライチェーン全体の環境負荷低減に注力しており、EU市場での競争力維持を図っている。また、消費財メーカー(P&Gやユニリーバなど)は、プラスチック包装の削減や再生可能素材の使用を拡大し、EUの厳格なリサイクル要件に適合する製品設計を推進。これにより、環境規制をクリアしつつ、持続可能な消費市場への対応を強めている。
このように、アメリカ企業はEUの新規制に対応するため、環境情報の透明化や製品設計の見直しを進め、規制遵守とブランド価値の向上を両立しようとしている。
私たち消費者の役割と求められる行動
企業のグリーンウォッシュに対する世界的な規制強化が進む中、真に持続可能な社会を実現するためには、消費者の意識と行動も重要な役割を果たすに違いない。私たちは、製品の環境ラベルや認証を確認し、誇張された広告に惑わされないよう慎重に選択することが求められる。また、企業の環境への取り組みについて積極的に調査し、透明性の高い企業を支持することで、企業に対してより誠実な環境対策を求める圧力をかけることができる。さらに、不要になった製品のリサイクルや、製品を長く使う努力をすることで、環境負荷を減らすことにも貢献できる。グリーンウォッシュを見抜く消費者の目が厳しくなるほど、企業もより誠実なサステナビリティ戦略を採用せざるを得なくなる。持続可能な未来を実現するために、消費者一人ひとりが「環境に優しい選択」を意識することが、社会全体の変化を促す鍵となるだろう。
文:山口友妃慧(Furusapo:ふるサポ ニューヨーク駐在員)
参考:FTC(https://www.ftc.gov/news-events/topics/truth-advertising/green-guides?utm_source=chatgpt.com)、The Regulatory Eeview(https://www.theregreview.org/2024/12/01/basila-the-ftc-green-guides-and-recyclability/#:~:text=Greenwashing%2C%20the%20act%20of%20deceptively,regarding%20standards%20for%20advertising%20products)、Reuters(https://www.reuters.com/business/sustainable-business/what-are-us-green-guides-can-they-stamp-out-greenwashing-2023-04-27/#:~:text=been%20increasingly%20cited%20in%20class,greenwashing)、Wilson College News(https://textiles.ncsu.edu/news/2023/12/what-is-greenwashing-and-why-are-more-companies-being-accused-of-it/#:~:text=greenwashing%20lawsuits,a%20result%20of%20greenwashing%20allegations)、Textile World(https://www.textileworld.com/textile-world/features/2024/07/preparing-for-the-eus-digital-product-passport-a-new-mandate-for-sustainability/#:~:text=Under%20the%20new%20DPP%20regulations%2C,of%20the%20global%20circular%20economy)、Fashion Dive(https://www.fashiondive.com/news/digital-passport-what-to-know-guide/725146/#:~:text=The%20European%20Union%20formally%20adopted,for%20Sustainable%20and%20Circular%20Textiles)、SGS(https://www.sgs.com/en-us/news/2025/01/cc-q4-2024-how-the-digital-product-passport-will-reshape-fashion-supply-chains)、Norton Rose Fulbright(https://www.nortonrosefulbright.com/de-de/wissen/publications/87758f56/european-parliament-adopts-new-anti-greenwashing-law#:~:text=Under%20the%20new%20directive%2C%20only,be%20backed%20up%20with%20evidence)、SEC(https://www.sec.gov/newsroom/press-releases/2024-122?utm_source=chatgpt.com)、FTC(https://www.ftc.gov/news-events/news/press-releases/2022/04/ftc-uses-penalty-offense-authority-seek-largest-ever-civil-penalty-bogus-bamboo-marketing-kohls?utm_source=chatgpt.com)