サステナブルツーリズム:観光に「持続可能性」が求められる時代
近年、SDGsの達成が国際社会全体の共通課題となる中、観光産業においても「持続可能性」への関心が急速に高まっている。従来の大量消費型の観光がもたらす環境への負荷や地域社会への負の影響が顕在化し、これを改善しようとする動きが活発化している。サステナブルツーリズムとは、旅行者だけでなく観光事業者や受け入れ地域にとって、「環境」「文化」「経済」の観点で、持続可能かつ発展性のある観光を目指すことである。また近年では、旅を通じて地域社会や環境にポジティブな影響を与えたいと願う観光客が増え、旅行先や宿泊施設、移動手段などをサステナブルな基準で選択する傾向が強まっている。こうした観光の新たな価値観が広がる中、今回のレポートではアメリカで展開される具体的なサステナブルツーリズムの事例を通じて、自然と共生する観光のあり方を考察する。
自然を守る仕組み:国立公園から始まる行動
アメリカにはNPS(National Park Service)が管理する国立公園が63か所あり世界中から訪問者を集めるが、その人気ゆえに環境への負荷も無視できない。ユタ州のザイオン国立公園では、観光客の増加に対応するため2000年より園内への自家用車の進入を制限し、シャトルバスを導入した。これにより大気汚染や騒音が大幅に緩和され、野生動物への影響も軽減された。さらに、園内では太陽光発電の導入やペットボトル飲料の販売禁止、リサイクルステーションの設置なども進められている。年間500万人を超える観光客を迎えながらも環境への負荷を抑え、自然環境を守りながら訪問者に豊かな体験を提供するための重要な取り組みである。このような取り組みは、地域住民の協力を得ながら継続されており、観光と自然保護の両立を目指すモデルケースといえるだろう。訪問者もまた、シャトルバスの利用やゴミの持ち帰りといった形で環境保全に協力しており、公園の理念を共有する参加型の観光が実現している。また、ザイオンでは来園者数を時間帯ごとに調整する予約システムの導入も検討されており、混雑緩和と生態系保全の両立を図ろうと試みている。今後、他の国立公園でも同様の試みが進められると見られており、持続可能な観光地管理の先進事例として注目されている。
州・地域主導の自然保護と観光の連携
ユタ州にあるグレートソルトレイクは国立公園ではないが、その自然的価値と生態系保全の必要性から、州や地域、非営利団体が連携して保全と観光振興の取り組みを行っている。近年、干ばつや水の過剰利用によって湖の縮小と塩分濃度の上昇が深刻な問題となっており、生態系の維持が急務である。この湖は数百万羽の渡り鳥にとって重要な中継地であり、その環境を守ることは国際的な生物多様性保全にもつながる。この課題に対し、毎年開催される「グレートソルトレイク・バードフェスティバル」では、地元自治体や自然保護団体、観光業者が連携し、バードウォッチングと環境教育を組み合わせたイベントを実施している。参加者は専門家のガイドのもと湿地帯を観察し、鳥類の保全や水資源の問題について学ぶと同時に、地域のホテル・飲食店も潤う仕組みが構築されている。地域住民もボランティアとして運営に関与しており、地域全体が自然保護と観光振興に主体的に関わっている点も注目すべきポイントだ。さらに、イベントを通じて集まった資金は湿地の保全や研究活動にも還元されており、エコツーリズムが持続可能な自然保護の一助となっている。
先住民族が担う観光の持続可能な運営
観光によって持続可能性を実現するには、地域社会との関係性が欠かせない。アリゾナ州のアンテロープキャニオンでは、先住民族ナバホ族が観光運営を担っており、訪問にはナバホ族の公認ガイドによるツアー参加が必須だ。私も実際にこのツアーに参加したが、峡谷の地形や光の屈折による美しさなどを紹介するだけでなく、ナバホの文化や伝統、土地への敬意についても語られ、非常に学びの多い体験ができた。観光による収益は学校や医療施設の整備、若者の雇用創出への活用など、直接コミュニティに還元され、地域の持続的発展に貢献している。外部資本に依存せず、地域住民自身が主導するこのモデルは、文化の継承と経済的自立を同時に可能にする、注目すべき事例といえるだろう。近年ではナバホ族内でガイド養成や観光管理の研修も行われており、世代を超えた持続的な観光運営体制の構築も進められている。さらに、ナバホ族の観光ポリシーでは、神聖な土地としての精神的価値を尊重するために撮影禁止エリアの設定や自然環境への接触制限といったルールが明確に定められており、単に景観を守るだけでなく、観光を通じた文化的理解の深化にもつながっている。
都市の中の自然との共生:ニューヨークの挑戦
サステナブルツーリズムは自然豊かな地域だけでなく、都市部においても実現可能である。ニューヨークでは、セントラルパークを活用した環境教育プログラムや、LEED認証を目指す施設整備、都市農業などが注目されている。パーク内では「サステナビリティ・ツアー」が実施され、訪問者は緑地の役割や生物多様性について学ぶことができる。また、ブルックリンの屋上農園「Brooklyn Grange」では、都市農業の取り組みが観光資源としても活用され、見学ツアーや農産物の販売を通じて地域とのつながりを深めている。
2009年に開業し、年間800万人もの人々が訪れるマンハッタンの人気スポット「ハイライン」は、廃線となった高架鉄道を再開発した空中庭園であり、都市景観に緑を取り戻す象徴的なプロジェクトである。全長2.3kmもの遊歩道は、車や建物に邪魔されることなくマンハッタンの街並みをゆったりと楽しむことができ、沿道には地元企業によるカフェやギャラリーも立ち並び、観光と地域経済が連携している。この空中庭園にはニューヨーク原産の草木を中心に360種類の植物が植えられており、大都会と自然が融合したアトラクションであると同時に、都市のヒートアイランド対策や雨水の緩和にも寄与している。このように、都市におけるエコツーリズムは単なる観光資源にとどまらず、都市政策や地域住民の生活にも関与する多機能な存在である。
ニューヨークではこれに加え、公共交通の活用促進やカーボンニュートラルな宿泊施設の認証制度導入など、都市観光における脱炭素化の動きも加速している。都市の中でどのように自然と共生し、観光を通じたサステナビリティを実現するかという点で、先進的な取り組みを見せている。
観光を未来につなぐために
アメリカで展開されているこれらの事例に共通しているのは、「環境と共生しながら観光の価値を最大化する」という視点である。自然保護、文化継承、地域経済の活性化を同時に実現するサステナブルツーリズムは、今後の観光の在り方にとって不可欠な柱となる。観光客は単なる消費者ではなく、訪れる地域の環境と社会に影響を与える存在であり、移動手段や滞在先、参加するアクティビティなどの旅の中での選択が、持続可能性の実現に直結することを私たちは理解すべきだ。観光地が抱える課題に対し、私たち旅行者自身が当事者意識を持つことが、未来の観光を形づくる鍵となるだろう。
文:山口友妃慧(Furusapo:ふるサポ ニューヨーク駐在員)
参考:日本政府観光局 サステナブルツーリズムの推進(https://www.jnto.go.jp/projects/overseas-promotion/theme/sustainable-tourism.html)、Ultimate Checklist of All 63 National Parks in the U.S.(https://www.aaa.com/tripcanvas/article/ultimate-checklist-of-all-63-national-parks-in-the-us-CM627)、Sustainability Initiatives at Zion National Park(https://www.nps.gov/zion/getinvolved/sustainability.htm)、Great Salt Lake Bird Festival(https://www.daviscountyutah.gov/greatsaltlakebirdfest)、Friends of Great Salt Lake(https://www.fogsl.org/)、Antelope Canyon Official Website(https://navajonationparks.org/)、Discover Navajo: Navajo Tourism Department Official Website(https://discovernavajo.com/)、Central Park Conservancy – Sustainability Tour(https://www.centralparknyc.org/activities/tours/central-park-sustainability-tour)、Brooklyn Grange Rooftop Farms – Official Website(https://www.brooklyngrangefarm.com/)、The High Line Official Website – Sustainability(https://www.thehighline.org/sustainable-practices/)