サステナブルに楽しむ夏のニューヨーク
長く厳しい冬を超えたニューヨークでは春は一瞬で過ぎ去り、5月末頃から一気に初夏の陽気となる。レストランやカフェではオープンテラスが出現し、夏を待ち望んでいたニューヨーカー達で賑わう。連日、公園や屋外スペースで多彩な野外イベントが開催され、市民や観光客が一斉に街頭に繰り出し楽しむ様子は、ニューヨークの夏の風物詩ともいえる。近年、これらのイベントにサステナビリティへの配慮が融合される動きが進んでいる。今回のレポートでは、毎年ニューヨークで開催される夏の代表的なイベントとサステナビリティの融合事例を紹介し、これらの文化イベントが果たす持続可能性推進の役割について考察する。
Shakespeare in the Park
ニューヨーク夏の風物詩としてまず挙げられるのが、セントラルパークのデラコルテ劇場で毎年開催されるShakespeare in the Parkである。1962年から続くこの野外劇公演は、市民にとって「夏の恒例行事」として愛されてきた。毎年数万人規模のニューヨーカーと観光客が訪れ2作品のシェイクスピア劇が上演される様子は、無料文化イベントの成功例として世界的にも知られている。デラコルテ劇場は今年の夏の完成を目指して大規模改修中だが、改修設計には環境に配慮したサステナブルな要素が盛り込まれている。例えば、外装には古い給水タンクに使われていたレッドウッド(ベイマツ材)を再利用するなど、歴史的景観を保ちつつ資源を有効活用する工夫が凝らされている。また観客動線やトイレ設備の改善によって、公園環境への負荷軽減とアクセシビリティ向上も図られている。作品上演においても、大掛かりな舞台装置より自然の景観を活かす演出が多く、照明や音響以外はシンプルで環境負荷が比較的少ない。Shakespeare in the Parkは、誰もが無料で一流の演劇に触れられる文化的価値を提供すると同時に、劇場設備や運営面で環境への配慮を示し、都市文化とサステナビリティの共存を象徴するイベントである。
NY Phil「Concerts in the Parks」
同じくセントラルパークを舞台に夏を彩るイベントに、ニューヨーク・フィルハーモニック(NY Phil)によるConcerts in the Parksがある。これはニューヨークの五つの区の公園で毎年開催される無料野外コンサートで、1965年の開始以来累計1500万人以上が楽しんできた伝統的行事である。オーケストラの名演奏を芝生の上でピクニックをしながら聴く体験は、ニューヨーカーにとって夏の醍醐味の一つである。コンサート終了後には夜空を彩る花火が打ち上げられ、観客は隣り合った見知らぬ者同士で歓声を上げながらその瞬間を共有する。セントラルパークだけでなく、ブロンクス、ブルックリン、クイーンズ、スタテンアイランド各地で公演が行われるため、地理的・社会的背景を問わず誰もが無料でクラシック音楽を楽しむことができる。さらに近年は、開演前に地元の青少年音楽団体による演奏が行われるなど、地域コミュニティとの連携も進められている。今年の公演では、ベネズエラ出身の指揮者のもと、ラテン音楽の巨匠アルトゥーロ・サンドバルを迎えたトランペット協奏曲や、ベネズエラの民族楽器クアトロをフィーチャーした新作が披露されるなど、プログラム面でも多文化的な広がりを見せた。環境面においては、大勢の観客が公共の緑地に集うイベントだけに、廃棄物管理や自然環境への影響に配慮が欠かせない。ゴミは持ち帰るかゴミ箱に必ず捨てるよう呼びかけられており、会場内には多数の清掃スタッフとボランティアが配置され、観客退出後すぐにゴミ拾いやリサイクル分別が行われる。また、芝生の損傷を防ぐために、公園管理当局は敷物としてビニールシートや厚手のピクニックマットの使用を禁止し、観客には直接ブランケットを敷くよう求めている。NY PhilのConcerts in the Parksは、文化的・社会的価値のみならず、環境との調和に目配りしながら都市の公共空間を最大限に活用する好例と言える。
地産地消のフードマーケット「Smorgasburg」
夏の週末に開催されるフードマーケット「Smorgasburg」も、都市文化とサステナビリティの融合を語る上で欠かせない存在である。ブルックリン発祥の野外グルメマーケットで、現在はウィリアムズバーグ、プロスペクトパーク、ワールドトレードセンター前広場など複数の会場で開催されている。全米最大級の週末フードマーケットと称され、毎回数万人が訪れる人気イベントだ。出店者は地元ニューヨークの小規模飲食ビジネスやフードトラックが中心で、各国料理の家庭の味から話題の創作スイーツまで約70店以上のバラエティ豊かな屋台が並ぶ。「ニューヨークで世界中の味を楽しめる市場」として、地元住民のみならず観光客にも定着した夏の名物となっている。 Smorgasburgの特徴はグルメの多様さだけでなく、環境負荷の少ないマーケット運営=ゼロウェイストの徹底にある。主催者は「完全なゼロウェイスト(廃棄物ゼロ)イベント」を目指して取り組んでおり、全ての出店者に対して食器・カトラリー・カップ・ストロー類は100%堆肥化可能な素材のものを使用するよう義務付けている。プラスチック製品やプラスチックコーティング紙、アルミホイル、発泡スチロール製容器などは一切使用禁止とし、使い捨て容器は全て植物由来の紙製品やバガス(サトウキビ繊維)製容器、生分解性プラスチック等に置き換えている。この方針に沿って、マーケット会場にはコンポスト(生ごみ堆肥化)の専用ステーションが設置され、食品廃棄物や使用済み食器はその場で回収・分別される仕組みだ。また来場者に対しても、公式サイトでマイボトルやマイバッグの持参を推奨するなど環境意識を促している。地元食材や地産地消にも力を入れており、多くの店舗がニューヨーク州産の食材を使ったメニューを提供している点も見逃せない。Smorgasburgはニューヨークの食文化シーンを盛り上げると同時に、徹底した廃棄物削減への取り組みで都市イベントの新たな模範を示している。
Bryant Parkで開催される様々な野外イベント
マンハッタン中心部のブライアントパークでは、夏になると様々な無料の野外イベントが開催される。中でも人気なのが、芝生の上で大きなスクリーンで映画を楽しむことができるBryant Park Movie Nightsだ。ミッドタウンの高層ビルに囲まれた緑地で月曜夜に往年の名画が上映されるこのイベントは30年以上続く伝統行事であり、都会の真ん中で星空の下スクリーンを眺める体験は格別だ。同じく、Broadway in Bryant Parkもまた夏の定番イベントとして知られている。毎年7月から8月にかけて木曜の昼に開催されるこのイベントでは、ブロードウェイやオフ・ブロードウェイの人気ミュージカルキャストによる無料パフォーマンスが披露され、昼休みに訪れたオフィスワーカーや観光客にとって、手軽にブロードウェイの魅力に触れられる貴重な機会となっている。
ブライアントパークは民間管理団体によって維持されている公園で、その徹底したパークマネジメントと清潔さで知られる。これらのイベントにおいても、公園管理者は芝生の保護とゴミ削減のため独自のルールを定めている。例えば、観客が芝生に敷くものは毛布や布製シートに限定され、ビニールシートやプラスチック製の敷物、折りたたみ椅子やテーブルの持ち込みは禁止されている。これは硬質なシートや椅子の脚で芝生が損傷するのを防ぐとともに、観客同士がお互いの視界を遮らず平等に楽しめるようにするための措置である。さらにペット同伴も芝生エリアでは禁止されており、公共マナーと環境保護の両面に配慮が行き届いている。上映や公演終了後にはスタッフとボランティアが速やかにゴミを回収し、園内のリサイクル容器に分別して投入する。ブライアントパークには普段から「コンポスト・コンシェルジュ」と呼ばれる堆肥化案内人が配置され、ランチタイムに出る大量の生ごみを来園者が適切に仕分けできるようサポートしている。2018年の夏から正式導入されたこの堆肥化プログラムでは、公園内に生ごみ専用の回収容器を設置し、利用者にどの廃棄物がコンポスト可能かを丁寧に案内している。その結果、公園全体のゴミのうち相当量がリサイクルや堆肥化に回されるようになり、通常のゴミとして捨てられる量が大幅に減少したという。都市の中心部で万人に開かれた文化的空間を提供しつつ、環境との調和を図るその姿勢は、都市型イベントの理想的な在り方を示していると言えるだろう。
持続可能なエンターテインメントの街を目指して
このように、ニューヨークの夏は毎日のように街のどこかでイベントが開催され、誰もが無料で参加することができ、まるで街全体が1つのテーマパークのようだ。ただ単にイベントを楽しむだけでなく、廃棄物の削減や公園の保全、来場者のマナー啓発など、持続可能性への配慮が自然とイベント運営に組み込まれており、新たな価値観が加わってきているように感じる。エンターテインメントが一過性の楽しみに終わらず、環境への配慮や地域経済の活性化と結びつくことで、主催者と参加者がともに持続可能な都市づくりに関わっているといえるだろう。
文:山口友妃慧(Furusapo:ふるサポ ニューヨーク駐在員)
参考:Central Park Delacorte Theater(https://www.centralpark.com/things-to-do/attractions/delacorte-theater/#:~:text=is%20best%20known%C2%A0for%20The%20Public,City%27s%20most%20beloved%20summer%20traditions)、NY Phil Free Summer Concert(https://www.nyphil.org/concerts-tickets/explore/parks/#:~:text=On%20select%20dates%2C%20audiences%20entering,musicians%20and%20music%20education%20institutions)、New York Philharmonic Continues 60-Year Tradition of Free Concerts in the Parks(https://news-photos-features.com/2025/06/05/new-york-philharmonic-continues-60-year-tradition-of-free-concerts-in-the-parks/#:~:text=ImageJorge%20Glem%20gave%20virtuoso%20performance,features.com)、Smorgasburg(https://www.smorgasburg.com/#:~:text=Smorgasburg%20is%20the%20largest%20weekly,Brooklyn%2C%20Manhattan%2C%20Los%20Angeles)、Smorgasburg Announces New 2025 Vendors(https://www.prospectpark.org/smorgasburg-announces-new-2025-vendors/#:~:text=Everyone%E2%80%99s%20favorite%20outdoor%20food%20market,techniques%20and%20stories%20from%20around)、Bryant Park Movie Nights(https://bryantpark.org/activities/movie-nights#:~:text=No%20chairs%2C%20tables%2C%20plastic%20ground,are%20permitted%20on%20the%20lawn)、Bryant Park Rules and Regulation(https://bryantpark.org/the-park/rules-and-regulations