先日、ニューヨークの病院で第一子を出産した。これまでアメリカの医療体制や育児についてサステナブルな観点から記事を執筆してきたが、実際に出産・育児を経験して見えてきた、親を支える環境や文化、そして制度上の課題などについてレポートしたい。
医療通訳サービスの限界
母国以外で出産することに不安はなかったかとよく聞かれるが、移民の多いアメリカでは外国人の出産も珍しくない。そのため、医療スタッフも対応に慣れているだろうと考え、特に不安は感じなかった。加えて、ニューヨーク州では医療機関に無料の通訳サービスの提供が義務付けられていることから、言語面の問題もないと判断し、アメリカで出産することを選んだ。しかし実際には、通訳サービスの運用にさまざまな課題があると感じた。病院側に提供義務があるものの、患者からの申し出がなければ利用されない仕組みになっている。また、利用の際は医療従事者が専用ダイヤルに電話をかけ、希望する言語を申請したうえで該当言語の通訳者と電話をつなぎ、通訳を介して会話を行う必要がある。この利用手順の煩雑さから、結局私は健診から出産までの間で2回しか利用しなかった。また、電話を介しての通訳サービスはどうしても会話にタイムラグが発生してしまい、決してスムーズにコミュニケーションがとれるとは言い難い。これらの煩雑さを考えると、Google翻訳などのアプリのリアルタイム翻訳機能を利用する方が、医療従事者と患者双方にとって心的負担がなく、円滑なコミュニケーションがとれるのではないかと感じた。
出産は夫婦共同作業
アメリカは、出産時の入院期間が短い(経腟分娩の場合1~2泊、帝王切開の場合3~4泊)ことで知られているが、入院から退院まで夫婦が同じ病室で過ごすのが一般的であることを知って驚いた。病室には夫が寝るためのソファーベッドが完備され、病院食も夫の分まで注文できる。私は帝王切開で出産したが、夫は手術着に着替えて手術室に入り、出産に立ち会うことができた。産後すぐに母子同室で過ごす必要があったが、ベッドから起き上がることも難しい中、夫が夜通し赤ちゃんのお世話をしてくれたことに何度も助けられた。日本では母親が中心となって新生児の世話を始めるケースが多いが、アメリカでは出産直後から「夫婦で子どもを迎える」という意識が自然に根付いているように感じた。短い入院期間は大変である一方、夫が最初から育児に深く関わることで、育児を「母親だけの仕事」にしない仕組みができているとも言える。
退院後に直面した育児の現実
帝王切開での出産後、わずか3泊で退院となった。体が十分に回復しておらず、介助なしでは歩くことも起き上がることも難しい状態での退院であり、入院期間の短さを実感した。アメリカでは、「ポストパートム・ドゥーラ(postpartum doula)」と呼ばれる産後支援の専門職があり、退院後体力が回復しない母親の身体的・精神的ケア、授乳サポート、家事・育児の補助、上の子の世話などを行う。ただし費用が高額であり、ほとんどの保険でカバーされないことなどが要因で、全米での利用率は10%未満にとどまる。ニューヨーク市、ロサンゼルス、サンフランシスコなどの大都市では認知度と所得水準の上昇により、利用率が高い傾向にあるが、それでも10~15%程度に留まる。多くの家庭では夫や家族、友人のサポートに依存して産後を乗り切る必要がある。私も産後2週間日本から母に手伝いに来てもらったおかげで、なんとか乗り越えることができた。入院期間が短いせいか、日本のように入院中におむつ替えや、授乳、沐浴の方法などの指導を丁寧に受ける機会がなく、退院後は手探りで育児を行わなければならなかった。また、退院2日後には小児科に赤ちゃんを連れて行き健診を受ける必要があり、産後体力が戻らない時期に外出するのは非常にハードだった。このように、入院期間が短いことによる母体や家庭にかかる負担は大きいと感じた。
夫の育休取得により育児も夫婦共同
アメリカの育休制度は、連邦・州・企業の3層構造で成り立っている。連邦レベルのFamily and Medical Leave Act(FMLA)は、雇用と健康保険の保障を目的としており、最大12週間の無給休暇が取得可能だ。州レベルの制度についてはニューヨーク州を例に挙げると、Paid Family Leave(PFL)と呼ばれる最大12週間の有給育休が取得可能で、給与の67%が州保険から支給される。さらに多くの企業では独自の育休制度を設け、男性の取得促進や期間の上乗せを行っている。これらは併用可能であり、例えば夫の場合、会社からの全額有給とニューヨーク州のPFLの給付を同時に受け取りつつ、最大4か月の育休が取得できた。体力が十分に回復しないまま退院したが、夫が長期育休を取り家事・育児を担ってくれたことで、生活面のサポートだけでなく、育児への当事者意識や責任を夫婦で平等に共有できた。日本の育休制度は期間や収入など全国一律で保障される法定制度であり、アメリカのように州や企業による格差は少ないが、男性の育休取得率は30.1%(2023年度)と低い傾向にある。一方でアメリカは2014-2022年の第1子を持った父親のうち、約半数が有給休暇を取得しており、日本と比較すると高い傾向にある。夫の勤務先においても、男性の育休取得がごく当たり前のこととして受け入れられており、同僚や上司も自然にサポートしてくれる環境が整っていた。こうした企業文化が根付いていることで、男性が育児に積極的に関われる土壌が生まれていると感じた。日本でも男性の育休取得を促進するためには、制度面の整備だけでなく、職場全体で「育休を取るのが当然」という意識を共有できる企業文化づくりが求められる。
子育てに優しい街とその課題
毎日ベビーカーで外出するようになり、ニューヨークの街がいかにバリアフリーとは言いがたいかを実感している。歩道には多数のフードスタンドが立ち並び、路上で物を販売する人々や、路上生活をするホームレスの姿も多く、通行の妨げになっている。また段差や、綺麗に舗装されていないガタガタ道が多いことも、子連れや車椅子利用者に優しくない理由の一つだ。自動ドアは少なく、店舗や駅に入る際には重いドアを手動で開閉する必要があり、ベビーカーを押しながらだと非常にやりづらい。一部の開閉式のドアには、車椅子のマークがついたボタンが設置されており、押すと自動で開く仕組みになっているが、そのようなドアはごく少ない。地下鉄の駅にはエレベーターがない場所も多いため、ベビーカーで電車を利用する際は、Googleマップで「車椅子利用ルート」を選ぶか、MTAの公式サイトで事前に確認する必要がある。このような街の不便さを補うかのように、ニューヨークの人々の優しさに何度も助けられている。階段や電車の乗り降り、レストランやカフェの出入りなどで困っていると、すぐに誰かが声をかけてベビーカーを持ち上げたり手動ドアを開けてくれたりする。妊娠中からこうした人々の温かさには何度も驚かされた。日本と同様に電車には優先席が設けられているが、それに限らず、どの車両に乗っても周囲の乗客がすぐに気づいて声をかけ、自然に席を譲ってくれた。街を歩いていても、多くの人が「Congratulations!」と笑顔で声をかけてくれ、見知らぬ人からも祝福の言葉をもらうことが日常だった。物理的な環境の整備はまだ十分とは言えないものの、人々の思いやりと助け合いの精神が、ニューヨークを「子育てに優しい街」として支えているのだと実感している。



図書館が地域のママたちのコミュニティスペースに
夫の育休が終わり、平日一人で育児をしていると孤独や不安を感じることがある。そんな時に助けられているのが、近所の公共図書館で開催されている「ストーリータイム」だ。毎週火曜日と木曜日の午前中に開催され、司書による本の読み聞かせや歌の時間を楽しむことができる。0~18か月の赤ちゃん向けのものから、5歳までの幼児向けのものまであり、赤ちゃんにとって良い刺激になるだけでなく、他のママたちと交流できる貴重な機会にもなっている。図書館ではストーリータイム以外にも、ベビーリトミックや親子ヨガ、季節の工作イベントなど、無料で参加できる子ども向けプログラムが数多く開催されている。日本の「児童館」に近い役割を図書館が果たしており、誰もが気軽に立ち寄れる地域の拠点として、子育て世帯にとって欠かせない存在である。



「譲る・もらう」で繋がるリユース文化
アメリカでは、使わなくなった物を気軽に譲り合う文化が根付いている。私が住むアパートではマーケットプレイスのプラットフォームがあり、住民同士が不要品を投稿し、譲りたい人と欲しい人が直接やりとりできる仕組みになっている。実際に私も、ベビーカーやベビーベッド、ミルクなどをこのアプリを通じて譲り受けたり、逆にサイズアウトしたベビー服を無料で譲ったりした。物のやり取りにとどまらず、子育て中の母親同士がつながるきっかけにもなっており、私自身もよく利用している。またFacebook MarketplaceやNextdoorなどのオンライン掲示板では、「Free pickup(無料で持って行ってOK)」という投稿も多く見られる。使用期間の短いベビー用品を必要な人へ渡すことは、ごく自然なこととして受け入れられているのだ。ニューヨークではオンライン上だけでなく、家の前に不要になった家具や日用品を置き「Free」と書いた紙を添えておく「カーブアラート(Curb Alert)」という光景もよく見られる。法的には自治体ごとに規制が異なるが、ニューヨーク市では歩道の通行を妨げない範囲であれば許容されており、通りがかりの人が自由に持ち帰ることができる。こうした慣習は、リユースを通じてモノを循環させ、地域で支え合うアメリカならではの文化として根づいている。



支え合いの循環が生むサステナブルな子育て文化
アメリカでの子育てはまだ始まって間もないが、子連れに寛容な文化、子育てを母親だけの役割にせず父親を含めた家族全体、さらには地域全体で支える風土に強く共感し、日々支えられている。制度やインフラ面の課題はあるものの、このような助け合いの文化こそが持続可能な社会の基盤だと感じる。アメリカで実感する「支え合いの循環」は、日本におけるサステナブルな子育て支援の在り方を考える上でも非常に参考になる。
文:山口友妃慧(Furusapo:ふるサポ ニューヨーク駐在員)
参考:PMC: Potential benefits of increased access to doula support(https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5538578/?utm_source=chatgpt.com)、Two-Thirds of Recent First-Time Fathers Took Time Off After Birth(https://www.census.gov/library/stories/2021/09/two-thirds-recent-first-time-fathers-took-time-off-after-birth.html?utm_source=chatgpt.com)、Issue Brief – Doula Care and Maternal Health: An Evidence Review(https://aspe.hhs.gov/sites/default/files/documents/dfcd768f1caf6fabf3d281f762e8d068/ASPE-Doula-Issue-Brief-12-13-22.pdf?utm_source=chatgpt.com)、厚生労働省 令和5年度育休取得率(https://ikumen-project.mhlw.go.jp/assets/pdf/event/report_R5_2.pdf?utm_source=chatgpt.com)、Share of Women Who Worked Before Their First Birth Rose(https://www.census.gov/library/stories/2025/05/parental-leave.html)、Family and Medical Leave Act(https://www.dol.gov/agencies/whd/fmla)、New York Paid Family Leave Updates for 2025(https://paidfamilyleave.ny.gov/2025)、Jersey City Public Library events for kids(https://jclibrary.libcal.com/calendar/?cid=-1&t=d&d=0000-00-00&cal=-1&audience=9994&inc=0)